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誰にも言えなかった心の痛み。中高年世代から見つめる「これからの私の生き方」

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中高年世代とは人生の中で大きな節目を迎える時期だと思います。子育てがひと段落したり、仕事の責任が変わったり、これからの人生をどうやって自分らしく生きていこうかと、ふと立ち止まって考えることも増えるのではないでしょうか。

そんな大切な時期に、誰にも言えない深い悩みを抱え、たった一人で暗闇の中を歩いている方がいらっしゃいます。「まさか自分の人生がこんな風になるなんて」「こんな年齢になって、誰に相談したらいいの?」。そんな風に、胸が張り裂けそうな思いを必死にこらえながら、毎日をただ耐えている。今回は、ある一人の女性が歩んできた、心の葛藤の物語をお届けします。

もし、この記事を読んでいるあなたの中に、何かしらの「生きづらさ」や「誰にも言えない秘密」があるなら、どうぞその心を少しだけ緩めて、お友達の話を聞くような気持ちで読んでみてくださいね。

「今度こそ幸せになれる」と信じて選んだ道

今回の主人公であるAさん(当時50代)は、正社員としてしっかり働きながら、周囲からは自立した大人の女性として見られている方でした。けれど、その胸の内には、決して人には明かせない深い傷を抱えていたのです。

Aさんの現在の結婚生活は、いわゆる「不倫」という関係を経て、お互いに再婚同士という形でスタートしたものでした。前の旦那さんとの生活も、言葉の暴力や無視が続く「モラハラ」に満ちた辛いもので、当時のAさんは心も体もボロボロ。そこからなんとか脱出したい、救われたいという必死の思いで、今の旦那さんとの恋に落ちたのです。

当時のAさんにとって、今の旦那さんは暗闇の中に差し込んだ、たった一つの光のように見えたのかもしれません。「この人となら、きっと優しい家庭が築ける」「やっと私も、人並みの幸せを手に入れられるんだ」。そんな祈るような気持ちでの再婚でした。

けれど、現実はあまりにも残酷なものでした。

実は、結婚する前の交際中から、旦那さんはお酒を飲むと、人が変わったように激しく怒り出すことがあったそうです。当時のAさんは、それが「モラハラ」や「暴力」の始まりだとは全く気づきませんでした。「普段は優しい人だから」「お酒を飲んでちょっと虫の居所が悪かっただけ。明日になれば元に戻るわ」と、自分を納得させ、何度も何度も許してしまったのです。

「付き合っている時は、あんなに優しかったのに…」。 結婚の籍を入れた途端、旦那さんの暴力と暴言は、まるで堰を切ったように激しくなっていきました。

「私が悪いの?」と思い込むことでしか、生きられなかった日々

旦那さんが激昂するきっかけは、本当に些細なことばかりでした。お風呂の洗剤をいつもと違うものに変えて使ったら、「洗い残しがあるじゃないか!」と何時間も怒鳴り散らされる。冷蔵庫を開けて、自分の飲みたいコーヒーが入っていないだけで、「お前は何をやっているんだ!」と激しい言葉を浴びせられる。

そんな時、Aさんにできることは、ただ一つ。ひたすら頭を下げて、嵐が過ぎ去るのを待つことだけでした。

本当は怖くて怖くて足がすくんでしまうのに、言い返したり反抗したりすれば、さらに大きな暴力となって返ってきます。怖くて涙がポロポロとこぼれてしまうと、旦那さんはさらに冷酷な言葉を投げつけました。

「泣けば済むと思っているのか。被害者面をするな。お前が俺を怒らせるようなことをするから悪いんだ」

「言うことを聞いていればいいんだ」と言われ、見たくもないテレビや、旦那さんが録画した番組を、隣に座って一緒に見させられる時間。そこには自由な空気など一欠片もありませんでした。

「叩かないと分からないから、お前を叩くんだ」

そんな言葉を突きつけられる毎日の中で、Aさんの心は、少しずつ、けれど確実に形を変えていきました。

あまりにも長く恐怖の中に身を置いていると、人間の心は自分を守るために、不思議な思考の癖をつけてしまうことがあります。Aさんは、「怖くて、自分が悪いと言われたら、本当にそうなのかなと思い込んでしまった」と振り返ります。

そう思わなければ、毎日の地獄のような我慢に耐えられなかったのです。「夫が怒るのは、私の気が利かないからだ」「私がもっと完璧に家事をこなしていれば、あの人は穏やかでいてくれるはず」。自分が悪いのだと思うことで、理不尽な状況をなんとか受け入れ、心のバランスを保とうとしていたのです。どれほど孤独で、どれほど苦しい日々だったことでしょう。

さらに辛いことに、前の旦那さんと離婚して今の旦那さんと再婚する際、Aさんは自分の大切なお子さんたち(成人)から、「お母さんの生き方にはついていけない」と、距離を置かれてしまっていました。

自分が選んだ道のせいで、子どもたちを傷つけてしまったという罪悪感。そして、その結果始まった新しい生活が、前以上の生き地獄だったということ。

「自業自得だと言われるのが怖い」「誰にも相談できない」。Aさんは、誰の手も借りず、ただ一人でこの重い問題を抱え続けてきたのです。

突然訪れた破局と、それでも抜けない「罪悪感の鎖」

そんな張り詰めた毎日が数年続いたある日、事態は突然、大きな局面を迎えます。旦那さんが車の運転中にセンターラインを越え、対向車と衝突するという重大な交通死亡事故を起こしてしまったのです。相手の方は残念ながら亡くなってしまいました。

実は旦那さんは、元々スピードを出して走ることが大好きで、過去にも何度も事故を起こしていたそうです。今回の事故も、完全に旦那さんの過失でした。旦那さん自身も骨折をして病院のベッドの上で横たわっていましたが、命に別状はなく、普通に過ごしている状態でした。

この衝撃的な事件をきっかけに、Aさんの心の中で「もう、これ以上は一緒にいられない。離婚しよう」という決意が固まりました。

しかし、長年培われてきた「洗脳」のような状態は、そう簡単には解けません。ここからのAさんの心の葛藤こそが、同じような悩みを抱える多くの女性にとって、胸を締め付けられるような共感を呼ぶ部分ではないでしょうか。

旦那さんが入院したことで、病院から「入院の保証人になってほしい」と言われます。真面目で、ずっと夫の顔色を窺って生きてきたAさんは、「妻なのだから、保証人にならなければいけない。でも、保証人になったら、これからの事故の責任や賠償を私も一緒に背負わなければいけないのだろうか…」と、恐怖と義務感の間で激しく揺れ動きました。

さらに悪いことに、旦那さんが事故を起こした車は友人から借りていたもので、事故で車を全損させてしまったのです。その友人から車の賠償金の話が、なぜか妻であるAさんの元に降ってきたのです。

行政や警察、弁護士さんの元へ必死に足を運び、離婚の手続きを進める中でも、Aさんの頭を占めていたのは、自分の身の安全よりも「周りの人に迷惑をかけないかどうか」ということばかりでした。

「夫の弟さんに、今の状況をきちんと話して謝った方がいいのかな」「主人の友達に、私が代わりに車の賠償金を弁償しなければいけないのかな」「私が黙って逃げ出したら、病院の人や周りの人が困るんじゃないかしら」

自分の心と体がこれほど傷ついているのに、どこまでも「他人」や「世間体」を優先して、自分が悪者にならないように、誰にも迷惑をかけないようにと立ち回ろうとしてしまう。これは、決してAさん一人の特異な性質ではありません。

理不尽な環境の中で「あなたが悪い」と言われ続けてきた女性たちは、知らず知らずのうちに、自分自身の尊厳よりも、他人の都合を優先する心の癖が染みついてしまうものなのです。

そんなAさんに、カウンセラーは優しく、けれど断固とした口調でこう伝えました。

「いいですか、今のあなたに必要なのは、自分を守るために『悪い人』になる覚悟を持つことです。誰よりもまず守るべきなのは、他の誰でもない、あなた自身なんですよ」

相手の事故の責任を、あなたが背負う必要はありません。冷たい人間だと思われてもいい、身勝手だと言われてもいい。今はただ、自分の命と人生を取り戻すことだけを考えていいのだと。その言葉を聞いた時、Aさんの心に絡みついていた頑丈な鎖が、音を立てて少しずつ解け始めた瞬間でした。

やっと手に入れた「普通の日々」の温かさ

それからのAさんの行動は、静かで、けれど強い意志に満ちたものでした。話し合いで解決できるような相手ではないからこそ、弁護士さんという法律のプロに代理人になってもらい、すべての連絡を遮断しました。病院の保証人の立場も、しかるべき手続きを経て旦那さんの親族へと交代してもらう準備を進めました。

自分がこれまで受けてきた心の痛みの記録(DV日記)や、体に残った傷、そして過去のLINEのメッセージなどを集め、一歩一歩、自分の足で未来へ向かって歩き出したのです。

そして二度目のカウンセリングの後、しばらくしてAさんから、すっきりとした、けれどどこかホッとしたような声で連絡がありました。

無事に、離婚が成立したのです。

旦那さんには資産もなく、仕事もしていなかったため、慰謝料やお金の解決は一切できませんでした。世間一般の法律的な「大勝利」とは言えない結末かもしれません。

けれど、Aさんは何度も何度も、こう繰り返しました。「それでも、私は本当に満足しているんです」

お金なんていらない。ただ、あの地獄のような、毎朝怯えながら目覚め、相手の顔色を窺って、自分の存在を否定され続ける生活にピリオドが打てたこと。それが何よりもうれしかった、と。

現在、Aさんは還暦を迎えました。若い頃のような、華やかな未来が目の前に広がっているわけではないかもしれません。けれど、正社員として自分の足でしっかり働き、夕方、誰に怒鳴られることもない静かなお部屋に帰ってくる。

冷蔵庫のコーヒーの有無で怯えることもなければ、お風呂の洗剤の銘柄で罵倒されることもない。自分が食べたいものを食べ、見たいテレビを見て、静かに眠りにつく。

そんな、他の誰かにとっては「当たり前」かもしれない、けれどAさんにとっては奇跡のような、穏やかな生活が戻ってきたのです。

Aさんは、最後にこんな言葉を残してくれました。「いま、同じような暗闇の中で、誰にも言えずに悩んでいる人たちが、どうか一人でも多く、早く解決へ向かえますように」

自分のことで精一杯だったはずの女性が、苦しみを乗り越えた先で、今度は同じ空の下で震えている誰かの幸せを願っている。その優しさに、心がじんわりと温かくなります。

あなたの心に、そっと寄り添いたい

Aさんのお話を聞いて、あなたはどう感じましたか?

「私はここまで酷い目には遭っていないから大丈夫」

「でも、夫の機嫌を損ねないようにビクビクしている私は、少しAさんに似ているかもしれない」

「不倫だとか再婚だとか、自業自得って言われるのが怖くて、私も誰にも相談できないでいる…」

感じ方は、人それぞれで良いのだと思います。ただ、知っておいてほしいのは、どんな理由があろうとも、あなたが誰かから心を傷つけられたり、自分を押し殺して怯えながら生きたりしていい理由にはならない、ということです。

人は何歳からでも、自分の人生を生き直すことができます。誰かにとっての「良い妻」「都合の良い人」でいることをやめて、自分のために「悪い人」になることは、決して罪ではありません。

今、この文章を読んでいるあなたの心が、少しでも軽くなりますように。そして、あなた自身の心の中にある小さな声を、どうか大切に聴いてあげてくださいね。

一歩を踏み出すのは、とても怖くてエネルギーがいることです。すぐに変われなくても、何もできなくても、そうやって悩んでいる今のあなたのままで、十分に一生懸命生きています。

静かな夜に、あるいは一息つけるお茶の時間に、この物語があなたの心に寄り添う温かい灯火となりますように。

最後に、もう一度だけ、あなたの心に問いかけさせてください。

――あなたはどう感じましたか?

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