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自己愛者 VS 自己愛者の仁義なき戦い

 

妻35歳
夫38歳(離婚歴あり)

 

■自己愛は治る病気ではありません

まず最初に重要な結論からお話しします。

「夫は精神病なんです!病気は治すべきなんです!」

「周りも夫が悪いと言うのに私が責められるんです!」

もちろんこの立場が逆なパターンもあります。

 

このような訴えから始まる相談依頼で、訴えの通り相手が精神病である例はまずありません。

なぜなら、本当に精神病ならば治してほしいと思う前に、助けが必要な医学的問題が既に起こっているはずからです。

 

他の動画でも繰り返し述べてきていますが、

「相手を変えたいと思うより先に自分が変わるべき」

ここは人間関係において鉄則であると感じています。

相手を変えたい考えの中にある、自分のエゴに気が付きましょう。

 

自己愛者と聞くと一見強い人間と思われるでしょう。

しかし自己愛にも大きく分けて二種類が存在します。

それは一般的になっている攻撃的な自己愛者と、裏で多いのが被害者的な自己愛者の2パターンです。

 

一般的な強い自己愛者はこれまで動画にしてきましたが、今回の動画では弱さを演じる自己愛者を取り上げます。

 

これからお話しする事例はレアなパターンで、強い自己愛者VS弱さを演じる自己愛者という、進むも引くも地獄かつ破滅的な事例をご紹介します。

 

 

■自己愛者同士の共鳴する依存心

その夫婦はそもそも不倫関係から始まりました。

男性が既婚者で女性は独身者という不倫です。

男性は妻と上手くいっておらず、逃避行動からの刹那的な不倫でした。

 

それでも妻と別れる選択肢を取れなかったのは、男性が持つ回避性依存の性質が災いしていたためです。

 

回避性依存とは、その繊細で傷付きやすい性格ゆえに、自分の問題を直視できず、見て見ぬふりをしてしまったり、心理的ストレスを嫌うため、問題についての議論を避ける傾向にあります。

また、拒絶されることを恐れて、安易に相手へ依存してしまいます。

 

男性は女性に家庭の愚痴を離すことで、女性の共感を引こうとしました。

男性は愚痴を言うことで、ストレスを解消しようとしただけなのですが、女性は男性の運命を変えてしまおうと強気に出てしまいました。

男性をきっかけに、自分の人生を変えたくなったのです。

 

ここからも分かる通り、女性は共依存の性質がありました。

共依存とは他者に対する過度な依存から、自分を犠牲にしてでも相手に寄り添おうとする傾向にあります。

自身の問題を取り繕うように他人の問題に、強引に介入してしまうのです。

そこには過度な承認欲求が見え隠れするのが特徴です。

 

「回避依存の男性」と「共依存の女性」

この両名に共通する性質は強烈な「自己愛者」であるということ。

歪んだ自己愛から各々が、相手への批判や優越感をぶつけ合っていたのです。

その裏に潜んでいたのは両者の生育歴にある毒親でした。

 

自己愛者といえば必ずセットのようについてくる毒親。

この両者の生育歴も壮絶で毒親の影響が大きく存在しています。

言うならば両者は、似たもの同士であるということでしょうか。

大人になり独立した今もなお、毒親の影響下に置かれていることが、両者のメンタルを狭く複雑なものにしていました。

 

 

■自尊心と優越感を維持するために依存し合う

結果的に女性は男性を略奪する形で再婚します。

男性的には自分が今までより優位に、依存できる場所があればよかったわけで。

自分がストレスを被るだけの生活から、救い出してくれる相手が自己犠牲的であれば、自分の自己愛も守られるわけですから、女性の献身は渡りに船だったわけです。

 

その証拠に女性は男性を救い出すために、かなりの自己犠牲を払っています。

普通であればその時点で不幸を背負っていることに気が付くのですが、自己愛者である女性は自身の承認欲求のために、積極的にかかわっていたわけです。

 

共依存者である女性は自分を犠牲にしても男性を護り、そんな自分に陶酔しているようでもありました。

自分の欠点を男性に投影して、裏を返せば自分のために、自己犠牲している部分は大きいと思われます。

 

女性は自己愛者ですから、自分の献身により男性が助かったという自己満足も当然あります。

そもそも男性に女性の優越感を満たせる魅力があったことから、自分が男性を支えたからこそ今があるという、陶酔感と承認欲求にもつながっていました。

 

 

■妻の巧みなモラハラが引き出す夫のモラハラ

そもそも何のきっかけで相談にみえたのかというと。

冒頭にある「夫は精神病だから治してほしい!」という妻の訴えからでした。

 

夫を連れて精神科へ行ってはみたが、医師からは精神病ではないと言われてしまった。

医師の診断は誤っているから、カウンセリングに来てみたとのことでした。

 

「ルールを守らない夫のせいで人付き合いが上手くいかない」

「夫の考えは外れていて世間のルールを理解しない」

「ルールのことを夫に話すと高圧的に怒鳴られ拒否される」

「激しい口論となり警察沙汰になることもある」

「夫は精神病だからこんな性格なのではないか」

 

「そんなことが続き私は不安定になってしまった」

「夫はそんな私をみても無視をして家を出て帰ってこない」

「そんな折に夫が風俗へ行ったことが発覚した」

「私は献身的に尽くしてきたのに夫に裏切られて虐げられて辛い目に遭っている」

 

妻の訴えは一見すると、自己愛者から攻撃を受けている被害者であるかのように見えます。

夫から精神的に追い詰められて、辛い思いをしているという話を聞くと、自分の理想を押し付けたい夫が妻へ、モラハラをしているという構図が思い浮かびます。

 

そこで、夫からも話を聞いてみたところ。

事実は多少異なっていることに気が付きました。

確かに夫も自己愛者であり、持論を押し付け、妻が反論すると高圧的になる部分はありました。

しかしその多くは、妻の極論の押し付けや暴言が発端となっていたことが分かったのです。

 

妻は、夫が攻撃的になるようなモラハラを先に仕掛けていて、夫から反撃を受けるとパニック状態を呈し精神的不調を訴え、それがモラハラ被害であると訴えるという構図を作っていました。

要はモラハラでモラハラを誘導していたことになります。

 

自己愛者は自分の思う通りにならないと、相手へ圧力をかけて従わせたいがために、モラハラを働きます。

妻の場合は自分の思う通りにさせるため、モラハラで夫を煽り、反撃されたところで被害者を装い夫の立場を悪くさせ、周囲の同情を誘って夫を総攻撃するという手法を取っていたのです。

 

夫を非常識人とし、妻は常識人とする構図を作り。

周囲を味方に引き入れて夫の立場を故意に陥れ、結果的に自分の思惑を通そうとするこのやり方は、自己愛者がよく用いる「ガスライティング」という手法です。

 

夫も持論を曲げず、妻の意見を受け入れまいとして、妻のモラハラに高圧的なモラハラで返してしまうため、そこはお互い様であるとも言えるのですが。

妻が使うガスライティングというモラハラは実に巧妙で、相手を精神的に追い込んで立場を悪くして支配しようとする、非常に悪質で問題のあるモラハラであると言えます。

 

 

■それでも離れられない両者の依存性

この夫婦のように、自己愛者同士が依存し合う構図は、よくある支配する自己愛者と、従属する被害者という事例と比較して、両者ともに自己を変えることが出来ない自己愛者が、お互いに依存し合っているため、関係解消や問題解決が非常に難しい側面があります。

 

分かりやすく言うと、自己愛者はお互いがお互いに、

「相手が悪いところを変えて正しい自分に合わせて生きるべき」と考えているため、相手が自分に従って生きることが目的となっており、それを実現させることで自己満足に繋がっているのです。

 

よくある自己愛者と従属しやすい被害者の構図だと、自己愛者のモラハラと押し付けに疲れてしまい、相手を変えるよりもいち早く逃げるべきと思考を変えるため、被害を何年も受け続けることは稀です。

 

しかし自己愛者同士の場合は、自分を変えることが出来ないため、いつまでも相手を変えることに固執してしまい、お互いがお互いへストレスをかけ続けることになります。

そしてストレスが最大値を超えてしまうと、取り返しのつかない事態へ発展する可能性も高くなるでしょう。

 

ならば自己愛者同士の逃げ道や、将来性はないのでしょうか?

自分が一番であり、他の者の台頭を許さない自己愛者同士に、将来性は想像できませんが、自己愛者同士が関係を解消する可能性はひとつだけあります。

 

自己愛者は、自己の承認欲求や自己実現のために相手へ依存し利用しますが、自分に利がなく役に立たない関係からは簡単に離れていくことが分かっています。

欲求を満たしてくれる他者が現れれば、自己愛者の関心はあっという間に他者へと移ります。

 

自己愛者にとっての人間関係とは、愛情と信頼のもとに成り立つものではなく、一貫して利害関係でのみ成立しています。

他者からどう見られるかを気にする自己愛者が、表向き綺麗に取り繕うように愛を語ることはありますが、そこにも必ず利害を含めて語るのが大きな特徴です。

 

このお話しの夫婦も同様にお互いを必要だと言いつつも、

夫は「金の工面に目途がついたら独立し離婚する」

妻は「これまでの投資分を回収してから離婚する」

と本音で語っていたところが、自己愛者の特徴そのものであるという感じを受けました。

 

トコトンお互いを傷付けて、取り返しのつかないトラブルに発展しない限り、状況は変わらないのでしょう。

この事例は実に人間臭いとも感じますが、なるべく早く価値が消えて、お互いへの関心が失われることを願うばかりです。