Skip to main content Scroll Top

地雷がどこにあるかわからない毎日

子供のため? (2)

モラハラ夫と過ごした9年間、そして今

毎日の生活に追われながら、「私の人生、本当にこのままでいいのかな」と、ふと立ち止まってしまうことはありませんか。特に子育てが落ち着く年齢を迎えると、これからの自分の生き方や、家族との関係性について、それまで以上に向き合う瞬間が増えるものです。

今日は、あるご相談者の方(42歳・女性)の体験を、ご本人の了解を得た上でご紹介します。また、プライバシーへの配慮から、一部の事実関係を変えています。

これは、決して遠い世界のお話ではありません。誰よりも優しく、家族を大切にしようと頑張ってきた女性が、どのような葛藤の中にいたのか。ぜひ、ご自身の心と重ね合わせながら、一緒に寄り添っていただければ幸いです。

「地雷がどこにあるかわからないんです」

最初にそう話してくれたとき、彼女の声は穏やかでした。でも、その短い一言の中に、9年分の緊張が静かに積み重なっているのを感じました。

Aさんは42歳。カメラマンをしている夫(48歳)と結婚して9年になります。6歳になる双子の娘たちを育てながら、今はひとりで暮らしています。約1年前から、夫と別居しているのです。

理由は、夫のモラルハラスメント——いわゆる「モラハラ」です。

モラハラという言葉、最近よく耳にするようになりましたよね。でも、当事者にとっては、自分が「モラハラを受けている」と気づくまでに、長い時間がかかることが多いのです。なぜなら、それがじわじわと、毎日の当たり前の中に溶け込んでいくから。気づいたときには、それが「普通」になってしまっていることが、とても多い。

付き合っているときから、なんとなく感じていた

「付き合っているときから、ちょっと変わっているなとは思っていました。でも、他人と一緒に暮らすってこういうことかな、と思っていたんです」

Aさんは、夫のことをそんなふうに受け止めていたといいます。

結婚してすぐに、小さな「事件」が積み重なり始めました。夕食を一口食べて「まずい」と言い、そのままシンクに捨てる。食事が出てくるのが少し遅いだけで「まだか」と怒り出す。気に入らないことがあると、何の前触れもなく怒鳴り始める。家族で旅行に行っても、気分を損ねると「帰る」と言い出す。0か100か。白か黒か。そのあいだに、グレーゾーンがない。

「地雷がどこにあるかわからない」とAさんが言った意味が、少しずつ見えてくる気がします。

普通に過ごしているつもりなのに、突然空気が変わる。何が引き金になったのかも、よくわからない。ただ、夫の機嫌が変わった瞬間を体で感じ取って、さっと身構えるようになっていく。毎日、そうやって気を張りながら、それでも「大丈夫、今日はきっと大丈夫」と言い聞かせながら過ごす日々。その疲労感は、外からはなかなか見えないものです。

「自分が変われば、きっと変わってくれる」と信じていた

それでもAさんが9年間、この結婚を続けてきたのには、ひとつの理由があります。「ハネムーン期」の存在です。

モラハラには、嵐のような時期が過ぎると、まるで別人のように穏やかになる時間が訪れることがあります。昨日あれほど怒鳴り続けた人が、翌朝には普通に「おはよう」と声をかけてくる。子どもたちと楽しそうに遊ぶ。優しく話しかけてくる。

その時間が来るたびに、Aさんは思ってしまうのです。「やっぱり、この人はこういう人じゃない」「離婚なんてしなくてよかった」と。

「自分が変われば、夫も変わってくれると思っていました」

この言葉を聞いたとき、胸がぎゅっとなりました。相手を変えようとするのではなく、自分が変わることで何とかしようとする。その健気さと、それがどれほど消耗することか。似たような気持ちを抱えたことがある方には、きっと伝わるものがあるのではないでしょうか。

夫は5歳のときに両親が離婚し、母親は深夜まで働いていたため、祖父母のもとで育ったそうです。「自分も我慢してきた」と話すことがある、と。だからAさんには、夫のことを責めきれない気持ちもあったといいます。相手の背景を知ってしまうと、怒りよりも先に、どこかで「かわいそうだな」という気持ちが出てきてしまう。そういう優しさが、時として自分自身を苦しめることもある。

別居を決めた、あの冬の朝

別居のきっかけになったのは、ある冬の出来事でした。

双子の娘たちがインフルエンザにかかり、Aさん自身も高熱でふらふらしていた朝のことです。夫は休日でした。それなのに、目覚めた夫が最初にしたことは、「お前の予防がなっていないから、こうなるんだ」と怒り始めることでした。そして説教を終えると、「仕事があるから」と言い、そのまま家を出て行ってしまったのです。

Aさんは、熱がある体で双子の娘たちの手を引き、病院へ向かいました。

その日から、夫の顔を見るたびに体が緊張するようになっていきました。できるだけ接触を避けるようになり、気がつけば別居という選択をしていた。

専門の相談機関では「重度のモラハラ」と言われました。夫本人もモラハラを認めています。ただ、こう言うのだそうです。「でも、治せない」と。その言葉には、どんな気持ちで向き合えばよいのか。怒りなのか、諦めなのか、悲しみなのか。Aさん自身も、うまく言葉にできないといいます。

別居して、はじめてわかったこと

別居してから、Aさんの心は少しずつ落ち着いてきたといいます。

あれほど張り詰めていた緊張が、ゆっくりとほぐれていく感覚。夜、ひとりで静かに眠れる。子どもたちと穏やかな朝を迎えられる。「ああ、自分はこんなに消耗していたんだ」と、離れてはじめて気づいたことがたくさんあったそうです。

モラハラ専門の弁護士に相談し、精神科で診断書も取りました。日記をつけ始め、これまでのやりとりのスクリーンショットも保存し、時系列にまとめた。調停に向けて、少しずつ準備を進めています。

気持ちのうえでは、もう決まっている。そうAさんは言います。「この人とは、もう離婚するべきだ」と。でも…。

「本当に離婚してよいのか」と、何度も自問する

「子どものことを考えると、本当に離婚してよいのか、考えてしまうんです」

6歳の娘たちは、お父さんが大好きです。外の人たちから「子煩悩だ」と言われる夫は、子どもたちとの時間は、どこか別人のように穏やかなのです。その姿を9年間見てきたからこそ、Aさんは「この子たちから父親を奪ってよいのか」と、何度も何度も自分に問い返してしまう。

離婚するのは、自分の心が楽になりたいからだけじゃないか。子どものためと言いながら、本当は自分が疲れ果てているだけじゃないか…。そんな思いが頭をよぎることもあるといいます。

自分を傷つけてきた相手のことを、それでも「子どもの父親」として案じてしまう。その複雑な気持ちを、「おかしい」と感じる必要は、ちっともないと私は思います。人の感情は、そんなにシンプルではありません。愛情と傷つきが、怒りと慈しみが、長い年月をかけて絡み合っていて、「正しい答え」なんて、そう簡単には出てこないのです。

あなたはどう考えますか?

モラハラという、目に見えない、周囲にも理解されにくい暴力に心をすり減らされながらも、「子どもから父親を奪ってはいけないのではないか」「自分がもっと我慢すれば丸く収まるのではないか」と、一人で夜中に涙を流している女性は、決して少なくありません。

経済的な理不尽さや、世間体、そして何より我が子を想う母としての責任感。それらが複雑に絡み合うからこそ、私たちは身動きが取れなくなり、何が正しい選択なのか分からなくなってしまうのです。

家族のために自分のすべてを捧げて、一生懸命に生きてきたからこそ、これほどまでに深く悩むのではないでしょうか。そこにあるのは、決してあなたの弱さではなく、誰かを守りたいという強い優しさそのものです。

正解のない長いトンネルの中で、自分の尊厳を取り戻すことと、子どもの幸せを守ること。もしもあなたがAさんと同じ境図に立ち、同じ景色を見ていたとしたら、一体どのような選択をされるでしょうか。

自分の人生の舵を、もう一度自分自身の手で握り直すために

Aさんはまだ、答えを探しながら、それでも一歩一歩、前を向こうとしています。完璧な正解なんて、どこにもないのかもしれない。それでも、自分の気持ちに正直に、少しずつ前へ進もうとしているAさんの姿に、そっとエールを送りたくなります。

もしかしたら、似たような思いを抱えている方が、この文章を読んでくださっているかもしれません。完璧に同じ状況ではなくても、「なんとなく、わかる気がする」と感じてくださっていたら、それだけで十分です。

Related Posts