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妻からのDVに悩み離婚を考えた夫

夫・30歳

妻・31歳

婚姻歴2年・子2歳

 

■妻にセックスを拒否されて風俗へ

妻から受けるDVと婚姻継続についてのご相談です。

 

夫は結婚当初から妻との関係性に悩んでいました。

 

夫婦共に共働きだったため家事や育児を平等にする約束でしたが、

負担比重はどちらかというと家事が得意な夫の方にあり、

そのことについて夫は心に不満を重ねていました。

 

たとえ家事や育児への比重が夫に重くあったとしても、

そこに妻からの感謝の一言や気遣いがあれば、

夫もそこまで思い詰めることはなかったかもしれません。

 

日々募らせていった不満な気持ちを晴らすためと、

妻からセックスを拒否されていたことも手伝って、

夫は仕事の帰りに一度だけセックスを伴わない風俗へ寄ってしまいました。

 

その事実を日頃から夫のスマホをチェックする妻の知るところとなってしまい、

妻からは風俗でも「浮気」と定義付けられ、

夫は妻から「罰」を与えられることになってしまいました。

 

妻から与えられたその「罰」とは、

それまで夫が不平を感じていた家事や育児の更なる負担だったのです。

 

もしもそれらを妻からの「お願い」として依頼されていたら、

夫は不満を感じながらも受け入れることが出来たと話します。

 

しかし妻は夫への「罰」として家事育児の100%負担を強いたのです。

「罰」が夫の心を更に苦しめました。

夫は仕事のストレスに加えて「罰」についてのストレスが加わり、

半分自暴自棄になっていたと振り返ります。

気が付くと夫は職場の同僚と不倫に堕ちてしまいましたが、

夫の不倫はすぐに妻の知るところとなってしまいました。

 

妻に不倫の証拠を押さえられて夫は観念し妻に謝罪をしますが、

錯乱した妻は一方的に離婚を突きつけました。

夫も妻に対しての気持ちが切れたことも手伝って離婚を考えましたが、

本当にそれでよいのか迷いが生じてしまいカウンセリングを受けることとなりました。

 

 

不倫の裏に隠された本質を知る

妻との単独カウンセリングでこれまでの経緯を聞いてみたところ、

妻の中では「不倫=罪」という概念しかありませんでした。

 

不倫は罪だからやった人間は100%悪い

不倫は罪だから「罰」を受けるべき

罪を犯した夫には人権など存在しない

不倫相手の女性からは慰謝料をもらう権利がある

慰謝料に換算しなければ傷は癒えないが払ってもらっても一生恨み続ける

以上が妻が持つ不倫の定義でした。

 

妻には「夫はなぜ不倫に走ったのか」といった、

夫の気持ちを紐解いて問題を一緒に考えるという考えはありません。

不倫をするかしないか・善か悪かといった両極端の思考だったのです。

不倫をした人間が無条件で悪いので夫には罰を受けてもらう、

夫には議論の余地も選択の余地もありませんでした。

 

いくら夫が妻からの罰を甘んじて受け入れたとしても、

夫婦の間にどんな問題があったのか赤裸々に議論しなければ、

いずれ同じ問題が噴出し過ちは何度も繰り返される恐れがあります。

夫婦問題の基本に立ち戻って考えなければ罰など意味がありません。

 

夫婦はいかなる時でも平等であるという人間関係の基本に欠けていたのです。

 

 

「罰」は人間性を蹂躙することを知る

不倫発覚後、妻は夫に様々な「罰」を与えていました。

 

1/ 夫のスマホは妻が抜き打ちで検閲する

2/ 夫のスマホはGPSで常に管理

3/ お小遣いは昼食代のみ、夫の給与は妻が全て管理

4/ 家事育児は全て夫が行なう、保育園の送り迎えも全て夫

5/ 妻から夫への暴言や暴力は許される

6/ 夫は職場と保育園以外への外出禁止

7/ 妻の浮気には文句を言わないで許すこと

8/ 浮気相手を辞職か異動させること

 

この中でも夫が特に傷ついたのは、

妻の感情が高ぶると殴られる蹴られるという暴力を受けたことでした。

 

いくら妻を傷つけたとはいえど夫も「心」があるひとりの人間です。

傷つけられたからと相手を傷つけてよい理由にはなりません。

 

不倫は確かに妻への裏切り行為に他なりませんが、

どうして夫が不倫に走ってしまったのかには目を向けず、

「話し合い」の場が持たれないまま一方的に「罰」だけ与えられてしまうと、

夫のプライドが傷つくだけではなく不満は溜まる一方でしょうし、

反省する気持ちはたちまち形骸化してしまうでしょう。

 

夫婦に限らず人間関係においてトラブルが起きてしまったとき、

どちらか片方だけが悪いことはひとつもなく、

お互いが作用し合って起きた問題だとして、

お互いが同じ目線で認識し解決していくことが必要不可欠です。

 

そんな議論がなされていたら「罰」という考えには至らないはずですし、

お互いが協力して解決方法を模索していくため、

片方だけ一方的にプライドを傷つけられたり、

自信を喪失するようなことにはならないはずなのです。

 

くれぐれも気を付けたいことは、

自分の非を認めたくないがために相手を一方的に責めて追い詰めたり、

圧力をもって無理やり謝罪させることでしょう。

このような行為をモラルハラスメントと呼びます。

 

これは「自分は悪くない」という回避の心理が働いています。

自己愛から来る自己否定の回避が先に立つため、

圧力を使ってでも「相手が悪い」と決めつけます。

反省して自分を変えることが苦しいため相手を変えようとするのです。

 

当然「悪い」と一方的に決めつけた相手はフラストレーションが溜まりますし、

心からの反省は生まれず不満が募るという反作用が生まれてしまいます。

 

相手に反省を促したいのであれば自分も素直に内省を図り、

共に解決の糸口を見つける姿勢が非常に重要だと考えます。

 

自分の気持ちに寄り添ってくれたのだから、

相手の気持ちにも寄り添ってみようと共感を働かせる努力。

このポジティブな相互補完関係を心理学で「返報性の原理」と呼びます。

 

理想は分かっているけれど、

問題を抱えた当事者同士ではつい感情が先に立つこともあります。

落ち着いて考える余裕が持てないのは仕方のないことです。

 

そのような時には公平中立な第三者であるカウンセラーを間に入れる形が理想的です。

利害関係のない第三者が入ることで夫婦が冷静さを取り戻し、

建設的な話し合いに向けたスタンスを取れるというメリットが生まれます。