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誰にも言えない心の痛み 〜ある夫婦の選択と見えない心のすれ違い〜 「結婚したら変わる」と信じ続けた日々のこと

なぜ本気で (2)

〜その感覚は、あなたが思うよりずっと正しい〜

「最初からおかしいとは思っていなかった」
そう話してくれる女性は、少なくありません。

交際中から、少し気になることはあった。でも、それは彼なりの愛情表現なのかもしれない。自分の受け取り方が歪んでいるだけかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、ざわざわとした不安に蓋をして、前を向いてきた。

今回ご紹介するのは、実際のカウンセリングの場に寄せられた、ある女性のお話です。プライバシーへの配慮から、内容の一部を変えてお伝えしています。同じような経験を持つ方、もしくは今まさにそんな状況にいる方に、「自分だけじゃないんだ」と感じてもらえたら、と思っています。

この女性(以下、Aさん)は、結婚前から夫に支配的な一面があることを薄々感じていました。それでも「結婚すれば落ち着くはず」と自分に言い聞かせ、妊娠が分かったときも「子供が生まれたら変わってくれるに違いない」と、その希望にすがり続けたのです。

その「信じようとする力」が、Aさんを長い間、その場所につなぎとめていました。悪い人じゃない、きっと変わる、自分の見方が間違っているのかも。そういう思いが積み重なって、気づかないうちに深いところまで消耗していたのでしょう。

「いつか変わってくれる」という、切ない願いの果てに

今回の相談実例でお話しするのは、あなたと同年代の女性、Aさんの心の旅路です。Aさんは、結婚する前の交際期間中から、どこか彼の言動に「支配的なところがあるな」と感じていたといいます。

けれど、相手を好きだからこそ、そして「これから二人で幸せな家庭を築いていくんだ」という強い想いがあるからこそ、ある切ない期待を抱いていました。「結婚して、落ち着いた生活が始まれば、きっと彼も優しく変わってくれるはず」。そう自分に言い聞かせ、彼女は婚姻届を出したのです。

しかし、その温かい願いは、結婚生活が始まると同時に、少しずつ、けれど確実に崩れ去っていきました。変わってくれるどころか、彼の支配的な性格はますますエスカレートしていったのです。

日々の暮らしの中で、彼にとって少しでも気に入らないことがあると、容赦のない「無視」が始まりました。声をかけても返事すらされず、まるで自分がそこに存在していないかのように扱われる恐怖。会話をしてくれたとしても、それは必要最低限の事務的な連絡事項のみ。ひどいときには、何の前触れも相談もなく、突然実家へ帰ってしまうこともありました。

何か問題が起きたとき、Aさんが「話し合いたい」と歩み寄ろうとしても、彼は一切聞く耳を持ちません。常に自分の都合やマイルールだけを押し付けてくる毎日。「それはどうしても無理だよ」とAさんが勇気を出して伝えると、待っているのは激しい怒鳴り声と、「お前は頭がおかしい」「お前が悪い」といった度重なる人格攻撃でした。

「子供ができたら、きっと父親としての自覚が芽生えて、今度こそ変わってくれる」。そう最後の望みを託すようにして、Aさんは妊娠期間を耐え忍びました。しかし、命を育むその最もデリケートで大切な時期でさえ、彼がAさんの体調を気遣ったり、都合に寄り添ってくれたりすることは一切ありませんでした。常に自分のペース、自分の感情の波が最優先だったのです。

出産を経て、育児という未知の生活が始まると、Aさんの孤独感はどん底に達します。子供の手がかかって一番大変な時期に、彼は育児を一切手伝おうとせず、それどころか自分の趣味や遊びに出かけてしまうようになりました。

無断外泊を繰り返し、生活費を出し渋るようにもなりました。Aさんは産後の肥立ちがとても悪く、身体が思うように動かなかったのですが、疲れ果てて寝込んでいる彼女に対して彼が放ったのは、「いつまで寝ているんだ」「だらしない」という冷酷な嫌味の言葉でした。妻子がご飯を食べているかどうかよりも、自分自身の空腹を満たすことが何よりも先決。そんな彼の姿に、Aさんの心は少しずつ凍りついていきました。

やがて、その冷たい空気は、小さな子供の心にも影を落とします。子供が恐る恐るお父さんに話しかけても、自分が不機嫌なら徹底的に無視をする。そんな日々の中で、子供はいつしかお父さんの顔色を激しく窺い、怯えるようになっていったのです。子供が成長しても、Aさんの体調は一向に復調しませんでした。

そんなどん底の状態で、ある日、彼女の心の中にふと一つの確信が生まれました。「このままずっと、この人と一緒に暮らしていたら、私はいつか完全に壊れてしまう。子供も壊れてしまう」。

彼は時折、激しく怒り狂ってAさんを傷つけたり小突いたりした後に、ハッと我に返ったように謝罪してくることがありました。最初のうちは「反省してくれたのかな」と信じようとしましたが、そんな「傷つけては謝る」というサイクルが何度も何度も繰り返されるうちに、Aさんは気づいたのです。あの謝罪の言葉は、その場を収めるためのポーズに過ぎないのだと。

もう、彼の言葉をどうしても信じることができなくなってしまいました。限界を迎えたAさんが友人に涙ながらに相談したところ、心療内科や精神科への受診を勧められました。そこで担当してくれた医師は、Aさんのボロボロになった心と身体の叫びを静かに受け止め、「まずは一度、彼と離れて暮らしなさい。あなた自身の命を守るために」と、別居を強く勧めてくれたのです。

「離れてもいいんだ、逃げてもいいんだ」。その言葉に救われたAさんは、彼に気づかれないよう、呼吸をひそめるようにして密かに別居の準備を進めました。そして、最近やっとの思いで、お子さんを連れて実家へ避難することができたのです。実家に戻ると、彼女の両親は、何も余計なことは聞きませんでした。ただ温かく「よく頑張ったね」とAさんとお子さんを抱きしめ、迎え入れてくれたのです。

実家での暮らしの中で、Aさんは今、ようやく傷ついた心と身体をゆっくりと癒すことができています。「こんなに穏やかで、怯えなくていい時間は、結婚してから初めてのことです」。彼女はそう言って、深く長い息を吐き出しました。

そして何より、驚くべき変化がお子さんにも現れました。あの自宅の張り詰めた空気の中で、お父さんに怯えて縮こまっていたお子さんが、実家ではのびのびとわがままを言えるようになり、本来の子供らしい活発さを取り戻したのです。

Aさんは、決してお子さんにお父さんの悪口を吹き込んだわけではありません。けれど、お子さん自身の口から「もう、お父さんには会いたくない」という言葉が自然とこぼれ落ちました。今、彼から「子供に会わせろ」という強い要求が届いていますが、それに応じないのは、他でもないお子さん自身の強い意志だったのです。

それでもAさんは、「彼には父親としての心を忘れてほしくない」という優しさから、第三者を挟むなどして、安全な形での面会交流自体は進めたいと考えています。しかし、心は決まっています。二度とあの地獄のような自宅に戻るつもりはありません。今、彼女は離婚調停を起こし、前を向いて離婚への手続きを進めています。

親権の形についても、「子供のために共同親権でもいいのかもしれない」と悩む複雑な胸中を持っていますが、お子さん自身の怯え方を見る限り、それが本当に子供のためになるのか、葛藤は続いています。

何より、今でも遠回しに自分たちに執着し、追いかけてくるような彼の言動に、「いつか行動がエスカレートして、復讐されるのではないか」という震えるような恐怖を抱えながら、毎日を過ごしているのです。

「理由が分からない」と嘆く、夫の心にある別の現実

さて、ここまでAさんの目線から見た結婚生活をお話ししてきましたが、この問題をもう一つの視点――つまり、夫である男性側の主張から見てみると、まるで全く別の世界の話であるかのような、驚くほどの「心のすれ違い」が見えてきます。

夫である彼の言い分は、こうです。「妻が突然、子供を連れて勝手に実家に帰ってしまった」「自分は一生懸命家族のためにやってきたつもりなのに、妻がなぜあんな極端な行動をとったのか、さっぱり理由が分からない」彼にとって、この出来事は青天の霹靂であり、自分こそが裏切られた被害者だという認識なのです。

妻から離婚調停を起こされ、離婚を前提とした婚姻費用の支払いを求められていることに対しても、「これは正当な理由のない『子供の連れ去り行為』だ」と憤慨しています。そのため、裁判を起こしてでも子供を取り戻したい、それだけではなく、妻ともう一度やり直して 関係を再構築したいと切望しているのです。

これまでに何度も話し合いをしようとしたけれど、妻とはいつも平行線で終わってしまったと彼は言います。お金(婚姻費用)はちゃんと支払っているのに、一向に子供に会わせてもらえないことへの不満も募らせています。妻から「子供自身が会いたくないと言っている」と聞かされても、「妻が子供に嘘を吹き込んで操っているに違いない、子供から直接理由を聞いたわけではないから、そんなの信用できない」と頑なに受け入れようとしません。

妻が主張する「夫からのDV」や「いつも不機嫌で精神的に追い詰められた」という言葉に対しても、彼は「そんな記憶は一切ないし、事実無根だ」と真っ向から反論しています。一生懸命に自分の過去を思い返してみても、「夫婦喧嘩のときに、上手くいかなくてつい強い言葉で怒ってしまったことはあるけれど、世間でいうDVと呼ばれるようなひどいことまではしていない」という認識なのです。

一度、喧嘩が激しくなって妻を少し小突いてしまったことはあったけれど、そのときは「もう二度としない」と頭を下げてちゃんと謝罪した。それなのに妻はいつまでも執念深く自分を許してくれなかった、と彼は不満を漏らします。彼の中では、この一連の騒動は、世間でよく言われる「妻によるでっち上げDVと、身勝手な子供の連れ去り事件」なのだと思い込んでいます。

最愛の妻子がいなくなったことで、彼は今、凄まじい精神的苦痛を感じています。子供に会えなくなったショックで「生きる気力がない」と消沈し、「こんなに苦しいなら、生きていてもしょうがない。いっそ自分がこの世から消えてしまえば、妻も自分の犯した罪の重さと、僕のこの窮状を思い知るのではないか」という、当てつけのような極端な思考にまで追い詰められているのです。

自分はこれほどまでにボロボロになり、食事も喉を通らず、仕事のパフォーマンスも下がって会社での評価もガタ落ちして苦しんでいるのに、妻子は自分が必死に稼いで送っている婚姻費用を使って、実家でのんびりぬくぬくと暮らしている。そう考えると、彼の中に激しい憎悪の念と、自分をこんな目に遭わせた妻に対する「復讐心」がむくむくと湧き上がってくるのだと言います。

「これからどうやって生きていけばいいのか分からない」

彼は調停の場でも、委員に向かって「妻のせいで自分は鬱病になった」「全ては自分を置き去りにして逃げた妻のせいだ」「自分は絶対にDVなんてしていない。むしろ妻の方が感情的で、自分の方がいつも嫌な思いをさせられてきた被害者だ」と、涙ながらに訴え続けています。

さらに、彼のこの主張を全面的に支持しているのが、彼の両親でした。彼の親は、Aさんに対して非常に攻撃的で激しい批判の言葉を繰り返し、「あんなとんでもない悪妻を嫁にもらって、うちの息子が可哀想で仕方がない」と、周囲の親戚や知人に言いふらしているのです。

客観的な事実と、専門家から見た「心のメカニズム」では、この泥沼化してしまったお二人の現状はどうなっているのでしょうか。

実は、Aさんの側には、言葉だけではない明確な「証拠」がありました。彼女は、夫から受けていた日々の暴言や冷徹な態度の事実を、第三者の目撃証言だけでなく、長年にわたって密かに録音していたボイスレコーダーの音声や、冷酷なLINEのメッセージ履歴という形で、すべて調停に提出して立証していたのです。その客観的な証拠を見た行政機関や精神科の医師たちは、口を揃えて「妻子こそが明白なDVの被害者である」と正式に認定しています。

夫がどれほど「でっち上げだ」と叫ぼうとも、公的な場ではすでに、彼のしてきたことが「暴力(精神的・身体的DV)」であったという現実が証明されているのです。それでもなお、夫が「自分はやっていない」と言い張るため、この離婚調停はおそらく不調(不成立)に終わり、裁判へと進むことになるでしょう。

カウンセラーの目から見ると、この夫の「頑なに非を認めない態度」の裏には、とても根深い心のメカニズムが隠されています。彼は、実は非常に「自己肯定感」が低い人物である可能性が高いのです。自分に自信がないからこそ、身近な妻を力や言葉で「支配」することでしか、自分のプライドや心の安定を保つことができなかったのです。

このようなタイプの人にとって、「自分が妻にひどいDVを働いていた」という厳然たる事実を認めることは、自分のこれまでの人間性や存在すべてを否定すること(自己否定)に直結してしまいます。それは彼らの脆いメンタルにとって、到底耐えがたい、脳が引き裂かれるほどの恐怖と苦痛を伴うものなのです。

そのため、彼は「嘘をついて周囲を騙そうとしている」というよりは、自分を守るために「自分は悪くない、悪いのはすべて妻だ」という、都合の良いストーリー(ナラティブ)を脳内で作り上げ、それを本気で「真実だ」と思い込んでいる状態なのだと考えられます。

また、DVを行う者の特徴として、自分の満たされない思いをカバーしてくれる従属者がいなくなると死活問題になるというものがあります。人間関係は常に上下であり支配者と従属者であると考えるため、従属者がいなくなると不安から精神的変調を来たしてしまうのです。だから相手に執着し執拗な攻撃をし続けるという恐ろしい側面があります。

あなたの心を守るために

いかがでしたでしょうか。今回の事例は、決して遠い世界の特別な出来事ではありません。

「私がもう少し我慢すれば」
「彼だって、根は悪い人じゃないから」
「子供から父親を奪うのはかわいそうだから」

そんな風に優しい心で自分を納得させ、何年も何年も、パートナーからの冷たい視線や無視、不機嫌という名の刃に耐え続けている女性は、本当にたくさんいらっしゃいます。

けれど、どうか覚えておいてください。あなたがどれほど心を尽くして愛を注いでも、相手自身の心にある問題は、あなたには変えることができないのです。相手の機嫌を取るために、あなたの尊い人生や、笑顔や、心身の健康をすり減らす必要は、どこにもありません。

Aさんが実家でようやく「穏やかな時間」を取り戻し、お子さんがのびのびと笑えるようになったように、あなたにも、怯えずに深く息を吸い、心から安心できる居場所で生きる権利が、絶対にあります 。

冷たい嵐のような日々の中で、傷つき、迷いながらも、必死に今日を生きているあなた。この痛ましい、けれど誰もが直面するかもしれない夫婦のすれ違いの現実を見て、「あなたはどう考えますか?」

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